四十三庵

蔀の雑記帳

ニューヨークの野球場

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昔の旅行の話。

ニューヨークへ

2017年6月23日10時40分。
僕はアメリカン航空のAA8403便に乗っていた。
羽田空港から、JFK国際空港へと飛ぶフライトだった。
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Darvish vs Tanaka

田中将大がメジャーリーグに行ったのは2014年だった。
ちょうどその年、僕は就職して、働き始めた。

大学時代、2009年の楽天がレギュラーシーズン2位になり、CS進出を果たした年から、プロ野球を真面目に見始めた。
僕が楽天を見始めた時は岩隈久志がまだいて、田中将大とダブルエースだった。
(この二人に永井伶を合わせて三本柱で、二桁勝利の先発が三人いた)

僕が楽天というチームを応援し始めたのは、他球団を戦力外になった選手が上手く噛み合って、
強いチームに勝っていくのを見るのが楽しかったからだった。

メジャーリーグに移籍した日本人は、まず通用するか、しないかという大きな分岐をたどる。
そしてメジャーでも通用するくらいの選手だったとしても、
そのまま活躍し続けられる選手は稀で、数年以内にケガをして、その後復活できずに終わるのが多い。
2017年(というか今もだが)は、田中やダルビッシュがそのパターンにハマりそうだった。

2014〜2016年の3年間、メジャーリーグには興味があったが、なかなか面白さがわからずにいた。
ただ2017年は、日本人投手のケガからの復帰シーズンでもあり、MLB.TVを契約して、真剣にメジャーを見ようとしていた。
アメリカに行ったことがなかったので、会社の夏休みを使って、メジャーリーグを見に行こう、と決意したのも、2017年だった。

昔の楽天戦の観戦チケットであれば、開幕戦や日本シリーズでもない限り、現地に行けば内野席が当たり前に買えたので、
事前にチケットを買っておくなんてことは絶対になかった。
ヤンキース戦のチケットは現地だと取れないことがある、と聞いて、飛行機のチケットをとったらすぐにチケットをとった気がする。

正確な値段は定かではないが、内野席の後ろの方の席で、1万円以上した。
日本だと球場にもよるが、だいたい5000円以内が相場なので、ざっくり2倍以上だった。

ヤンキースの先発陣のローテーションを計算して、田中将大の登板日に合わせてチケットをとった。
あわよくば田中対ダルビッシュになることを期待して、テキサスレンジャーズ戦にした。
雨や何らかの事情でローテがズレることも見越して、二日分チケットを買った。

予告先発が発表されたのは、旅行に行く直前だった。
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これが運よく、田中対ダルビッシュの投げ合いになった。
(このときの田中の防御率がひどい……)

地下鉄に突入してきた黒人

僕は大学時代は経済学を専攻して、社会人になってからはIT業界にいた。
どちらの分野でも、アメリカという国は巨大な存在感があった。
いずれ行きたい、と思っていたものの、その「いずれ」はなかなか来ず、永遠に来ないような気もした。

JFK国際空港からマンハッタンへの移動は地下鉄を使った。
地下鉄、といっても途中で地上を走って、郊外の街が見えた。
複雑な乗り換えの詳細は覚えていないが、マンハッタンの近づく頃には地下を走っていた。

ニューヨークの地下鉄の治安が悪かった時代もあったらしいが、
日本と比べると確かにサービス品質が悪いように感じた。
ホームにいくと全然エアコンが効いていなくて汗だくになったし、線路上をネズミが走っているのを見た。

どこかの駅で乗り換えて、別の地下鉄の路線に乗った。
その次の駅で、突然三人組の黒人が勢いよく乗り込んできて、大声で何かを叫び出した。

僕は最初テロかと思って、身構えた。
思わず耳につけていたイヤホンを外して、彼らを見た。
武器は持っていない。
ガタイはいい。
叫んでいる内容は英語の内容がわからなかった。

彼らは地下鉄の中でダンスを始めた。
ポールや吊り革を使って、嵐のように踊り始めた。
そしてキャップを裏返して、乗客にチップを求めた。
僕は手を左右に振って、断ったが、乗客には払っている人もいた。

次の駅で彼らは降りて行った。
この出来事はしばらく謎だったが、どうやらNYにはそういうパフォーマーがいるらしい、とネットで調べて知った。

発展した田舎

意味が通じるかわからないが、アメリカという国は、発展した田舎だと思う。
田舎の人間は服装に気を配らないし、デカい車でデカい家に住む。
アメリカは世界一の経済力を持ちながら、その田舎者特有の野生を失っていない。

歴史が浅く、ヨーロッパ的な階級社会が形成されなかったのが大きいのだとは思う。

都会性の局地

当時僕の中で田舎に住みたい、都会から離れたいという気持ちがどうしようもなく大きくなっていた。
前項と矛盾するが、世界で最も都会がどこかと言えば、おそらくニューヨークのマンハッタンになるのではないだろうか。
巨大な高層ビルが立ち並んで、24時間動く地下鉄があり、高級レストランが軒を連ねている。

ただその一方で、ワイルドなアメリカの部分が残っている。
最初に街を歩いた時、感じたのはやたらと屋台が多いと感じた。
ホットドックや飲み物を売っている、ちょっとした売店が路上にある。

日本でいうコンビニ的な小売店があまりない。
あっても駅の横に小さなやつがあって、あまり儲かっている感じもしない。
ペットボトルの飲み物だったら、路上販売の人から買ってしまえばいい。

僕は英語がそんなに話せないので、声かけるのが怖くて、なかなか買えなかった。
ドラッグストアの食品売り場で大きめのミネラルウォーターをカードで買って、それで渇きをしのいだ。

ホテルもせっかくならいいところをとろうと思って、グランドハイアットをとった。
受付は無愛想だった。
「ID出してください」
「あ、ID……?」
「パスポートとか、ない?」
「あ、パスポートね」
「高層階と低層階、どっちがいい?」
「高層階がいい」
無愛想だけれど、高層階の部屋をとってくれた。
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現地に着いた初日は時差ボケがひどかった。
日本を出発したのが昼前で、マンハッタン市内に着いたのも昼前だった。

体内時計では夜なのに、なぜか時間が進んでいない。
しかもホテルのチェックイン時間もまだだったので、その状態で炎天下のマンハッタンの街を歩いた。

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ニューヨークのガラス張りのビルは日光をガンガンに照り返していた。

Foreignerとしての自分

都会というのは排他的だ。
特にニューヨークは冷たい感じがした。
彼らの仲間に加わるには、それなりの資格がいる気がした。
英語を喋れるとか、それなりの会社の役員になるとか。

野球の試合は夜だった。
ホテルからヤンキースタジアムは地下鉄でそんなに距離はなかったが、
迷うことも考慮すると、一時間前くらいには球場入りしたかった。

ホテルで2〜3時間くらいは寝られるな、という計算をもとにアラームをかけて、
シャワーを浴びて汗を流すと、ベッドで死んだように眠った。
たとえニューヨークの旅行を楽しめなかったとしても、最低限メジャーの試合を現地で見れたら、この旅行は成功になるはずだった。

"The planet has changed"

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睡眠時間は全然足らなかったが、なんとか時間通りにヤンキースタジアムに着いた。
チケットはスマホでQRコードを表示するタイプだったので、外国人でも安心だった。

スタジアムの中を一通り回る。
観客席は上手く傾斜が配慮されていて、どの席からでも試合が見やすかった。
機内食から何も食べてなかったので、お腹は空いていた。

メジャーの球場というと、ハイカロリーのジャンクなメシのイメージがあったが、
ヤンキースタジアムはそうでもなかった。
鉄板でハンバーグを焼いているタイプの店があって、そこが美味しそうだった。

肉を焼く係と、注文係の太った白人のおっさんがいた。
注文係に楽天カードを渡して決済すると、
「これ使えんのか……?」みたいな顔してカードを見ながら、機械に通した。
楽天カードといっても、MasterCardブランドなので、当然アメリカでも使える。
"The planet has changed……"とおっさんが呟いた。
その言葉をなんとなくよく覚えている。

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時間通りに自分の席に座ったが、この日とにかく天気が悪かった。
雨が降って、試合開始は遅れた。
一時間くらい押したような気がする。

メジャーは過密な試合日程のせいで、よほどの豪雨じゃなければ試合は決行するので、
試合中止にはならないだろうと踏んでいた。

お腹はまだ空いていたが、英語で店員に話しかけるのが怖かったのと、価格が高かったので、
バグバグ食べる気持ちにもならなかった。

東京でさえ肌に合わないと思っているのに、ニューヨークは更に肌に合わなかった。
ここに自分の居場所はない、という感じがした。

野球を観ること

しばらくして、選手がグラウンドに出てきて、ウォーミングアップを始めた。
田中やダルビッシュもダッシュやキャッチボールしている。

そして試合が始まった。
奇妙な感覚だったけれど、野球が始まってしまうと、
自分がアメリカにいるということは忘れてしまった。
野球観戦は僕にとって、何か特別なことなのかもしれないと思った。

場所や時間を超えて、田中将大とダルビッシュの投げ合いを見ていた。
その瞬間、僕は存在を許されたような気がした。
今までの人生でプロ野球を何試合観たのかを数えたことはない。
多分数えてみたら何百試合にはなると思う。
その連続性の延長に、ヤンキースタジアムがあった。

メジャーの選手なんてほとんど知らなかった。
ヤンキースの試合は日本にいたときに何試合か見ていたので、
当時のレギュラーぐらいはなんとなく把握していたが、
その選手がどういうバッググラウンドなのかまで知らなかった。
レンジャーズ側はダルビッシュ以外わからなかった。

それでも野球は野球だった。
ピッチャーが投げて、打って、走って、守って……

田中とダルビッシュは、そのシーズンけして調子は良くなかったが、
僕が見ている前で屈強なメジャーリーガーを相手に投げて、ほぼ完璧な投球を見せた。
両投手とも無失点。

ダルビッシュ 7回2安打10奪三振無失点
田中 8回3安打9奪三振無失点

正直に言うと、観戦していて、あまりにも投手戦過ぎて、眠たくなるくらいだった。
試合は延長10回までいって、2-1でヤンキースが勝利した。

スポーツ観戦について

スポーツ観戦がなぜ楽しいかというと、
ファンは勝者に感情移入して、あたかも自分が投げて、自分が勝ったように感じて、
擬似的に勝利感が得られるので、スポーツ観戦が快感になる、という分析をどこかで見たことがある。
実際そういうファンは多い。

僕の場合、楽天というチームを応援しているが、もはやあまり勝敗とか順位とかにこだわりがない。
そりゃ勝てば嬉しいが、負けても悔しさは湧いてこない。
むしろ選手の個性が発揮されているのを見ると楽しい。
2009年の楽天イーグルスは、特にその傾向が強くて、負け試合でも見ていて楽しかった。

そういう応援の仕方をしていた僕にとって、田中将大は異質な存在というか、
「感情移入しようもない大スター」となってしまった。
(感情移入、もしていないが……)
僕は楽天の選手に、負け犬としての自分を重ね合わせていたんだろうか?
負け犬が集まって、勝つ姿に感動を覚えていたのだろうか?

だとすれば、田中は正しいスポーツ選手でありすぎた。
彼はチームに勝利をもたらす。
僕がやらなければいけないのは、自分と彼を重ね合わせて、自分がヤンキースで活躍しているような快感を得ることだ。

でもやはり僕はそれができなかった。
野球観戦自体は楽しい。
けれど自分の体は一切動かさず、席に座って、人がプレイするのを観ているだけだ。
本当の感動というのは、自分の手でつかみ取るものだと思う。

じゃあなぜ野球観戦をするのか?
僕はきっと、野球を通して人を見ているんだと思う。
メジャーにあまりハマれないのは、彼らの人となりがよくわからないからだ。
多分そこがわかれば、楽しめると思う。

動画

スタジアム内の写真延々と貼っても良かったんですが、実験的に動画にしてみました。

2017/6/23 NYY - TEX

制作時間一時間くらい。

競争の頂点

プロ野球も競争、競争だが、メジャーは更に過酷な競争がある。
そしてその過酷さに値するだけの報酬がある。
田中将大は日本のプロ野球選手から、完全にメジャーリーガーになってしまったな、と思った。

なんだか遠い存在になったような気がした。
(元々近い存在という訳ではなかったのだろうが)

その競争の頂点で投げている二人を見て、心底カッコいいと思った。

終わりに

結局野球を観て、ここにいてもいいんだという気持ちになった僕は、
野球場の前で路上販売していた人からミネラルウォーターを買って、地下鉄に乗ってホテルに帰った。

翌日のデイゲームの試合も観た。
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天気はこっちの方が良かった。

あとは自由の女神見たり、美術館行ったり、
それも終わると、なんだか消化試合みたいに旅行の日程が余ってしまった。
このアメリカ旅行から、しばらく海外には行っていない。
(仕事では一回行ったが)

海外に行くとどうしても都会を巡ることになる。
せっかくの旅行なら、緑の多いところに行きたいと思うようになってしまった。

2017年という年を振り返ると、僕にとって最悪の時期から脱しつつある一年だった。
3月頃に屋久島で縄文杉を見て、6月には田中とダルの投げ合いを見た。
これに影響を受けて、人生が大きく変わる……というのがあっても良かったが、人生を大きく変えたのは実際には2年後の2019年だった。
しかしこの年の経験が、じわじわ効いていたのかもしれない。

ニューヨーク滞在中に感じたことは、ブログには公開しなかったものの、文章にまとめていた。
その中から抜粋すると、

とにかく、集団に属さずに生きることができない以上、個人としては、集団に属すことに対して前向きに取り組んでいくしかない。沖縄に移り住むとか、会社を作るとか考えていたが、今目の前にある仕事や集団を大切にしようと思った。

と書いていた。
メジャーリーガーほど立派な仕事でも競争的でもなかったが、とにかく目の前にある仕事を全力でやろう、
そこから何か見えるかもしれない、と考えたらしい。

田中もダルビッシュも、2020年シーズンもメジャーで投げ続けている。
それは純粋にすごいことだ。
(了)