四十三庵

蔀の雑記帳

本番よりも練習が好きだった頃の気持ち

最近また野球をやっている。
といっても草野球をやるにしてもどこにも入っていないので、バッティングセンターに行く程度だが。

目次

下手の横好き

僕は野球自体は好きだが、上手くない。
それでも好きだ。
打てなくてもエラーしても楽しい。

僕の野球に対する気持ちは、「下手の横好き」という言葉が当てはまるだろう。
何のために練習しているのかはわからないが、単にボールを打ったり投げたりしているだけで楽しい。

本番が全て

早めに本番で試す、というのはあらゆる人が言っている成功法則だ。
子供の頃の僕に伝えたいことがあるとすれば、本番から逆算しろ、ということだ。

結果を出しているプロのピッチャーのインタビューなんか見ると、
だいたい練習でちょっと試してイケるなと思った変化球をバッター相手に試して、
試行錯誤して武器にしていく、というプロセスでやっているらしい。

仕事をし始めてから、この感覚はよくわかるようになった。
研修や練習というのは最低限でよい、というか、
練習は結局練習でしかなくて、実戦の中で必要なレベルというのは、実戦の中でしか到達できないものだ。

あらゆるスキルがそういうものだと思う。
教習所でいくら車の運転を習うよりも、実際に路上で一人で走らせた方が学ぶものは多い。

そういう意味では、練習 vs 本番という二項対立ではなく、
本番が主として存在していて、練習はしなくていいならしない方がいい。

早く成長したければ「とりあえず見せられるレベル」に最速で到達する

人生を振り返ってみると、上手くなるのが早かったもの・そうでないものは明確にわかれる。
成長が早かったものについては、「とりあえず見せられるレベル」でとっと提出して、
早めにできる人からのフィードバックを得る、というのを上手くできた分野だった。

逆にこだわりを持って、自分の中で「いやまだ人に見せたくない……」と隠してきたものほど成長が遅くなった気がする。
あと、見せる人がいないような分野。

学校や会社というのはそういう意味ではすごく良くて、
その分野の専門家のフィードバックがすぐに得られるようにできている。

よくプログラミングの成長が早い人、遅い人の違いで、
この最低限のレベルで素早く提出できるかでわかれると言われている。

本番より練習が好きだった頃の気持ち

社会人になってから、多少僕自身の思想もマッチョになってるなと感じるところもある。
そのバイアスはあるにせよ、「本番しかない」というのは事実だと思う。

ただ野球を改めてやりはじめて、かつて中学校で野球をやっていた頃の気持ちが蘇ってきた。
その頃は、正確に言えば、野球が好きという感じでもなかった。
そして、試合よりも練習の方が好きだった。
本音では、試合なんてしなくてもいい、と思っていた。

結果を出すためには、「とりあえず見せられるレベル」に最速で仕上げる。
その後できる人に見せて、さらにはバンバン本番で試していく。
これは結果を出す方法として間違っていない。

じゃあ過去の自分が野球でこの方法使ったとして、何か変わったかなと思うと、
やっぱそんなことはないな……という気がする。

それについて、ちょうどいいマンガのシーンがある。

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「いいよね!米澤先生」より)

(がんばるから上手くなるんじゃなくて)
(上手くなるからがんばれるってことだったんだな…)

このシーンは米澤が自分でマンガ描いてみたら全然上手くならなくてヘコむシーンなんだけど、
「とりあえず見せられるレベル」に到達するまでの時間は個人差がある。

前の会社のプログラミング研修でも、0からのスタートで比較しても、かなりの差がついた。
当時はなかなか伸びない同期に対して、「できないなりにとっとと見せてフィードバックもらったらいいのに」と内心思っていたが、
それは逆の視点からすると、到底見せられたものではない、という感覚が自分でもあったのかもしれない。

そこはもう完全に適性の問題で、
ピアノの才能がある子供は一度その曲を演奏されているのを見ただけで同じ曲を弾けるかもしれないが、
僕が一曲弾こうとしたら数ヶ月は必要だろう。

子供の頃は別に好きなものを全力でやって、全然上手くならなかったら辞めちゃえばいいと思う。
けどある程度大人になったら、少なくともそれでメシを食っていきたいなら、
いつまでもヘタだけどやり続けたい、というのは許されなくなってくる。

趣味という道

ただ許されないのは、プロとしてやっていくときの話であって、
「好きだけど実力がないので、趣味としてやりたい」というのは全然ある。

競争に毒されすぎて、趣味としての道すら塞いでしまう人がいるのは残念だと思う。
やり続けていればどこかでブレイクスルーがあって急成長するかもしれないし、
何よりヘタクソはどんなに好きでもそれを続けては行けない、なんて悲しすぎる。

まとめ

僕自身は今ソフトウェアと文章という二つの分野で突出しようとしている。
突出できなかったとしても、並ぐらいにはなれるだろう、という感触はもう既に得ている。

上手く成長できている感覚があるが、ふとバッセンに行くと、
たまに自分が過去全然上手くならなかった分野にいた時の感覚が蘇ってきたので、その気持ちを書いてみた。
(了)