四十三庵

蔀の雑記帳

最悪の人格から、最高の成果物が生まれることもある

2020年も4月が終わり、まもなく1/3が終わろうとしていますね。
進捗いかがですか😃
ここ最近ブログに勉強ノートを大量投下したせいで、スパム攻撃受けたブログみたいに人間感がなくなってしまったので、
生活感のある、日記風の記事を書こうかなと思います。

目次

リモートワーク生活で逆に規則正しくなってきた話

リモートワーク生活も二ヶ月が経とうとしている。
生活リズム崩した、という人も多いみたいだが、
僕の場合むしろ生活が急速に規則正しくなった。

自分でコントロールできる領域が増えた、ということだと思う。
2019年はある程度手当たり次第やっていた感覚があったけれど、
今年に入ってから割とやるべきことを絞って、そのタスクに一日のリソースを集中投下したら、
あとは何してもオーケーぐらいの気持ちでやっている。

具体的には、

  • 英語のリスニングと音読
  • 仕事で割り振られてる開発タスク
  • 小説執筆
  • 個人開発

の四つが今の自分のミッションかな。
個人開発は上げているが、正直あまり進んでいないので、ゴールデンウィークで一気にやろうかなと思っている。

波のように

リモート体制になったのはホントにたまたまだったが、
今までちまちまやっていた自宅環境の構築とか、人生のタスクの優先順位付けとか、自炊体制整えるとかが、
この体制でかなり生活に効いてきて良かったなあと思った。

世の中は先行きが不透明になって、どんどん変な感じになっているけれど、その変な空気感にも適応しつつある。
きっと第二次世界大戦のときの日本国民もこんな気持ちだったんだろう、という気がする。
非日常も連続していれば、日常になるのだと思う。

振り返ると、2010年後半は本当に平和な時期だったんだな〜と思う。
基本的に平和というのは、色んなものをなあなあにしてしまう性質があって、
例えば安倍政権もホントに微妙な政治家の集まりだったけれど、
まあとりあえず経済政策への意識があったので、他の政党よりはマシだろうという気持ちで、僕も消極的に支持していた。

危機というのは、色々なものを裸にする。
そこで浮き彫りになった課題への対応で、平和なときだったら過激すぎてできなかった劇的な改善策が実現して、
物事が改善していく側面がある、というのを昨今は感じている。

ミクロな話をすると、僕も内定もらえなくて就職留年したことがあったけど、
あの時期は辛い時期だったが、後から振り返ると色々なことを改善できた側面がある。

マクロな国とか歴史とかにも、そういう平和と危機の繰り返しの中で、
淀みが生まれて、痛みを伴う改革があって、という波があるみたい。

あれはネットのキャラですやん笑

地道にやってきたことがじわじわ効いてる話で、
インターネットのアカウントを蔀に統合したのもよかったなあと思う。
まあフォロワー的には迷惑だろうけれど、長い目で見ればよかったろうと思う。

僕は思想として、成果物と人格の評価は切り離されているべきと考えている。
最悪の人格から、最高の成果物が生まれることもあるし、
最高の人格から生まれた成果物がイマイチなこともある。

けどそうは言っても、なんか作品を評価するときって、
浅く消費するだけなら誰が創っててもいいけど、ちゃんと評価するときは絶対人って見るので、
やっぱ成果物って人に紐づいて評価している。
やはり「人」というのは一つの最小単位だなと思う。

蔀というインターネットアカウントも、現実の僕のキャラとはまた違うので、
そういう意味では二重人格的ではあるんだけど、
むしろ蔀アカウントと現実の人格をほぼ同一にしようと思っている。
「あれはネットのキャラですやん笑」で色々済ませてたが、名刺にTwitterID書いても恥ずかしくないような発信内容をしようと思っている。
ていうかもうすでにしている。

読者を得るのは大変

そういう意味だと過去のブログ記事も全部まっさらにしてもいいぐらいなんだろうけど、
基本的には公開し続けるつもりでいる。

その当時考えていたこととか、何に怒りを覚えていたかとか、
今はもう完全に忘れてしまったものが残っているからだ。
人間的成長を感じられる材料でもある。

学生時代書いたものを読むと、ちょっと視野が狭いなと思うが、
当時は自分の視野は人よりも広くて、色んなものが見えている感覚があったので、
恥ずかしいものでもあり、未熟な自分を愛おしく思ったりもする。

アカウントの統合と一緒に、カクヨムに小説をあげた。
ポジティブにバズるイメージは全く持ってなくて、
ちょこちょこ読まれて終わりかなあと思っていたが、だいたいそんな感じになりそう。

僕の中ではホントに何日か気が重くなるぐらいに勇気の要る決断だったんだけども、
公開してしまえば案外なんてことはなかった。

読んでくれてる人も、おそらくは「蔀」という人格単位でたどった人らしく、
というかたぶんそれがなかったら、本当にPVゼロもありえたな、という感じがしている。

Web小説プラットフォームも、書き手はあふれているが、読み手がほとんどいない。
人間が創造性を発揮するのはいいことだと思うので、バンバン書いてバンバン上げたらいいと思うが、
それにしても需要と供給が偏っているとは思う。

たぶん読んでくれたのは20人くらいいるっぽい。
正確なところはわからないが、ざっくり推計で。

面白かったのが、「瞑想」という小説にコメントが一つついて、
その人がどうもブログに長年批判的なコメント書いてた人だったことだ。
要約すると「私は作者の過去の行為を許せませんし、熱烈なアンチですが、小説は評価します」と言う風なコメントで、小説自体は褒めてくれていた。

まあしかし、カクヨムに公開して一発目のコメントがアンチからの高評価レビューというのも、
僕の今までの人生をあらわしているようで、なんだか面白いと思った。

ウサギとかめ

2019年に小説とソフトウェアに全リソースつっこむぞ〜と決意したときには、
特にゴールは決めておらず、なんなら一生やったるで、という気持ちだったんだけども、
そうはいってもダラダラワナビーみたいなこと続けてもいられないと思っていて、
どっかで見切りはつけないといけないと思っている。

自分のiOSエンジニアとしての成長で改めて思ったが、やはり新しく何かをはじめたときは、
最低でも一年はないと一人前にはなれない、と思った。
(特にそれなりに難易度が高いことであれば尚更)

むしろ一年で一人前になれたらちゃんと努力した、とも言えるのかも。
目の前の与えられたタスクを何もわからないまま、わからないなりに終わらせて、
その繰り返しでなんとかやり過ごしてる人というのも、ちょいちょい見る。
そういうやり方だと、その場しのぎの繰り返しになってしまい、身につくものがほとんどない。

当初のイメージだと、毎日必死でやってれば、半年ぐらいで一人前になって、
一年後には相当なレベルに達している……くらいの青写真でいたけれど、想像していた成長曲線に比べると、幾分か下回っている。

毎日寝食を忘れて、技術の世界に没頭する、みたいな感じじゃなくて、
遊びも休みもちゃんと入れながらやっているので、その分成長遅いのかな……と思ったりもするが、
もう僕も若くはないので、何もかも捨てて没頭する、みたいな感じにはできないし、したくない。

短期的に過集中で高い成果を出すやり方というのは、昔はやったこともあったけれど、
結局長期的に成果を出し続けられるやり方ではない。

コツコツやる、のとも少し違う。
なんていうか、やるべき分量をやりきる、ということなんだと思う。

コツコツやるのは、とりあえず毎日少しずつ、みたいなイメージだが、
目標にすべきなのは日々の作業量じゃないと思っている。
やるべきことを日々やりきる、というのは、別にやる気が出なければサボってもよくて、
その分次の日取り返すでもいいし、全体的に一日遅らせてもいいし、
ただ絶対にトータルで見たら終わらせる、というのが重要だと思っている。

よくあるたとえでいうなら、ウサギとかめのどちらでもなく、
普通に自分のペースで毎日歩いて、疲れたら休憩して、また歩いてを普通に繰り返そうね、という感じになるのかも。
それってなんていうんだろうね?

何事も三年スパンぐらいでモノになる

で、一年ぐらいで一人前になった後、
二年目で更に色んなモノが見えてくるようになって、
三年目になんらかの結果を出せるくらいの力がついていると思う。

なんというか、中級者になれるかどうかの壁が二〜三年目にある。
四年目以降は上級者への道が開かれる。
そんなイメージがある。

何かの部活をイメージしてもらえれば、だいたい共感してもらえるのではないだろうか?
二年生、三年生でレギュラーとれるかどうかでわかれて、
レギュラーとって試合に出た選手はもっと上を目指すなら卒業後そのスポーツを続けて、
もっと上手くなっていく、みたいなイメージ。

単に時間で比較するのは不毛だけれど、一応の目安にはなると思う。
僕の個人的な経験と観測範囲だと、全力でやって三年経ったら、ある程度モノになると思う。
逆にモノにならなかった、その道は向いてないとか、
なんか根本的にやり方を間違えているとか、進路変更を含めて考えた方がいいと思う。

なのでそういう意味だと僕の今選んだ小説とソフトウェアの二本柱も、
選んだ道が正しかったかどうか一応の判断ポイントになるのが2021年の終わりだと思っている。

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全力でやって5年かかったし やっとはじまったことなんだ
大森靖子「音楽を捨てよ、そして音楽へ」

まあただやりたいことをやっている限りにおいて、
結果が出ないというのは本質的に怖いことではない、と思っている。
好きなことやって、誰からも評価されませんでした、
ならば、それはきっと好きなことをやった、ということなので、別に何も悪いことはない。

2016年前後で抱えていた、自分の人生に対する絶望感みたいなものからは完全に抜け出せたので、それが何より良かった。

ただそういう「自分は努力してる。いつか必ず報われる」みたいな感覚も、
あんまり長い間ひたってしまうと、結果が出なくても自分を許してしまうような気がしていて、
それもまたけしてよくはないので、やはり一つの目安が三年かな。

まとめ

そんなわけで、2020年の1/3の進捗でした。
世界的に変な感じが続いておりますが、読者の方々におかれましてもご自愛ください。
(了)